東京地方裁判所 平成5年(ワ)15644号 判決 1996年2月14日
原告
海渡一男
被告
赤坂勲
ほか一名
主文
一 被告赤坂勲は、原告に対し、金二四九万六四七九円及びこれに対する平成四年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告赤坂勲の負担とする。
四 この裁判は第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告らは、各自、原告に対し、金三九九万三九一九円及びこれに対する平成四年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いがない事実
1 本件事故の発生
(一) 事故日時 平成四年七月三日午後一〇時三〇分ころ
(二) 事故現場 東京都世田谷区北沢四―四―二四先路上
(三) 原告車 普通乗用自動車
所有者 原告
運転者 原告
(四) 赤坂車 普通乗用自動車
所有者 被告赤坂勲(以下「被告赤坂」という。)
運転者 被告赤坂
2 責任原因(被告赤坂)
被告赤坂は、飲酒をして車両を運転せず、かつ、原告車が対向進行してきたのであるから、対向車の動静を注視し、減速、または一時停止をするなどして安全を確認して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠つて赤坂車を進行させた過失があるので、民法七〇九条により、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任を負う。
二 争点
被告株式会社古屋(以下「被告会社」という。)の責任の有無
1 原告の主張
被告赤坂は、被告会社の従業員であり、被告会社の業務に従事中、被告赤坂の過失によつて本件事故が発生したものであるから、被告会社は、民法七一五条により、本件事故によつて原告に生じた損害を賠償する責任を負う。
2 被告会社の主張
本件事故が、被告赤坂の前方不注視等の過失によつて発生したこと、被告赤坂が、本件事故当時、被告会社の従業員であつたことは認めるが、本件事故が被告会社の業務に従事中に発生したことは否認する。
被告会社は、その業務に際しては、自家用自動車の使用は許可しておらず、本件事故は、被告赤坂が、私的に飲酒に出かけ際に発生した事故であるから、被告会社は責任を負わない。
第三争点に対する判断
一1 甲一、二、被告赤坂及び被告会社代表者古屋功(以下「被告会社代表者」という。)各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
2 被告会社は、ニツト製品の製造、販売を業とする会社であるが、業務の一環として、東京都中野区松が丘一丁目三二番一一号に所在する古屋ビル一階でイタリア料理フエリーチエを経営していた。被告赤坂は、平成二年ころから、被告会社に勤めており、本件事故当時は、右古屋ビルの三階に居住し、右フエリーチエの店長を務めていた。被告赤坂のフエリーチエでの勤務時間は午前一〇時から午後一一時までであつた。
3 被告赤坂は、被告会社が第二店舗を出すことを計画中であつたことから、本件事故当日、設計の仕事をしている訴外新井淳(以下「訴外新井」という。)と、店舗の計画について、双方の意見を交換した。そして、午後五時ころ、訴外新井との打ち合わせが終了したため、被告赤坂は、店舗の下見を兼ねて、訴外新井と共に、被告赤坂が赤坂車を運転して下北沢に飲食に出かけた。右時間帯は、フエリーチエの勤務時間内であつたが、外出するに際し、被告赤坂は、被告会社代表者には、外出の理由はもとより、外出すること自体も告げてはおらず、被告会社の関係者には無断で外出した。被告赤坂は、本件事故当日の業務を終えたと考えて外出しており、飲食をした後にフエリーチエの業務に戻る意思は有していなかつた。また、被告赤坂は、当初から、飲酒するつもりでおり、当初から、飲酒後も赤坂車を運転して帰宅することを意図していた。
被告赤坂は、午後六時ころ、まず、下北沢南口にあるイタリア料理店に入り、訴外新井と食事をしながら、ビール一杯くらいを飲み、ワインも二人で一本を飲んだ。次に、被告赤坂は、訴外新井と共に、洋風居酒屋に行き、ワイン二本を二人で飲み、さらに、同様の店に入り、ビール中瓶一本を二人で飲んだ。さらに、和風の飲み屋に入り、ビール中瓶一本を二人で飲んだ。これらの飲食の間、被告赤坂と訴外新井の間で、店舗の下見に関して、詳細な会話が交わされた形跡は伺えない。
右のとおり飲食した後、被告赤坂は、訴外新井を小田急線下北沢駅まで送り、その後、赤坂車を運転して帰宅途中の午後一〇時三〇分ころ、本件事故を惹起した。
4 被告会社は、東京での勤務者に対しては、自家用車を通勤に使用することは禁止しており、地方での勤務者に対し、個別に自家用車を通勤に使用することを許可していた。また、勤務時間内に仕事で車を使用するときは、個人の所有車両ではなく、被告会社所有のワゴン車を使用することになつていた。
被告赤坂の住居は、右古屋ビルの三階にあり、通勤に赤坂車を使用する必要はなかつた。また、被告赤坂は、仕入れの際は電車やバスを使用することになつており、そのために、被告会社から月額二万円の交通費を受領していた。被告赤坂が、仕入れに際し、自らの便宜で、赤坂車を使用したこともあつたが、被告会社が業務に赤坂車を使用することを許容したものとまでは認められない。
二1 右認定の事実によれば、本件事故は、新規店舗の設計のための下見の意図も有していたものの、被告赤坂が私的に飲酒に出かけた、その帰宅途中の事故であると認められる。また、本件に際し、被告会社において、被告赤坂に対して、赤坂車の使用を許容していたことを認めるに足りる事情はない。
したがつて、行為の外形から客観的に見ても、被告赤坂の赤坂車の運転行為が、被告会社の業務の執行に当たるということはできない。
2 被告赤坂、被告会社代表者及び原告本人尋問の各結果によれば、本訴前の交渉経過で、被告会社代表者や被告会社の取締役である訴外觀野未知男(以下「訴外觀野」という。)が原告と話し合いを持つたことも認められるが、これは被告赤坂が、資力の関係で原告に対し賠償できないため、同人らに相談した結果のものであり、両名は、交渉の経過で被告会社の業務中の事故であることは容認していなかつたと認められるので、本訴前の交渉経過で、被告会社代表者や訴外觀野が原告と話し合いを持つたとの事実によつて、本件事故が被告会社の業務中の事故であると認めることはできない。
また、被告赤坂は、警察官調書(甲一)において、本件事故は、新規店舗の下見に出かけた帰りの事故である旨供述している。しかしながら、被告赤坂本人尋問の結果を合わせ考えても、右供述は、被告会社の関係者が、被告赤坂が下見に出かけることを業務として容認しており、本件事故が、名実ともに業務中の事故であるとまで供述しているものではなく、被告赤坂自身が下見をも意図していたことを供述しているに過ぎないので、右供述によつて、本件事故が被告会社の業務中の事故であると認めることはできない。
三 結論
以上の次第で、本件事故は、被告会社の業務の執行中に生じたものとは認められず、他に、右認定を覆すに足りる証拠はないので、被告会社は、民法七一五条の責任は負わない。
第四損害額の算定
一 修理費 二一四万四七七九円
甲三により認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
二 タクシー代 一二万一七〇〇円
甲六の一ないし三五、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、内装を主たる仕事とするコスモセンチユリー株式会社の代表取締役であり、仕事の都合上、帰宅が深夜になるため、原告車を仕事現場間の移動や通勤等に使用していたこと、本件事故によつて破損した原告車の修理には二か月間を要したこと、代車を使用すると修理期間の二か月間で約一〇〇万円を要すると見込まれたので、原告は、その間、タクシーを利用したこと、原告は、帰宅のためのタクシー代として右期間中少なくとも合計一二万〇一三〇円を支出したことが認められるので、右タクシー代は、本件事故によつて原告が負つた損害と認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、甲六の一ないし三五によれば、原告が一回に利用したタクシー代に相当程度の格差が認められるが、原告の仕事の内容に鑑みると、原告は、常に同じ場所で仕事をしているものではなく、稼働先が多岐にわたり、稼働先と自宅との距離に個々的に相当の格差があることは、容易に推認できるところであり、他に、これを覆すに足りる証拠もないので、右タクシー代は、全て通勤に使用したものと認めるのが相当である。
三 評価損 認められない
原告は、本件事故により原告車の査定価格が六八万五四四〇円減少したので、右も損害として認められるべきであると主張し、甲四によれば、原告車の査定価格が修復歴減点により査定価格が六八万五四四〇円減少すると算定されている事実が認められる。しかしながら、査定価格の減少は、将来、原告が原告車を売却した際、その価格が減少する可能性があることを意味しているに過ぎないのであるから、原告が、将来、いつ、どのようにして原告車を売却するか決定していない現時点においては、右は潜在的、抽象的な価格の減少に過ぎない。損害賠償制度が、現実に生じた損害のてん補を目的とする以上、損害が現実に具体化していない本件においては、損害が生じたとしてその賠償を認めることは相当ではない。
四 弁護士費用 二三万円
本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額、その他、本件において認められる諸般の事情に鑑みると、弁護士費用は、二三万円が相当と認められる。
五 合計 二四九万六四七九円
第五結論
以上の次第で、原告の本訴請求は、被告赤坂に対し、金二四九万六四七九円及びこれに対する本件事故の翌日である平成四年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるが(遅延損害金の起算点については、原告の請求どおり)、被告赤坂に対するその余の請求及び被告会社に対する請求は、いずれも理由がない。
(裁判官 堺充廣)